肩鎖関節脱臼(けんさかんせつだっきゅう)とは

人間の肩は非常に複雑な構造をしています。首の付け根から肩の端へ向かって骨をなぞっていくと、肩先で少しぽっこりと出っ張っている部分に触れます。ここが体の前側にある「鎖骨(さこつ)」と背中側にある「肩甲骨(けんこうこつ)」が連結している部分であり、この関節を「肩鎖関節(けんさかんせつ)」と呼びます。
この関節は、腕の重みを支えたり、腕を高く上げたりする際に非常に重要な役割を担っており、「肩鎖靭帯(けんさじんたい)」や「烏口鎖骨靭帯(うこうさこつじんたい)」という極めて強靭な靭帯のバンドによって強固に固定されています。
「肩鎖関節脱臼」とは、肩から地面に落下するなどの強い衝撃を受けた際に、これらの靭帯が部分的に裂けたり、完全に引きちぎられたりして、鎖骨が肩甲骨から外れて上の方へ浮き上がってしまうケガのことです。
一般的な「肩関節脱臼」とは全く異なるケガであり、「外れた関節をその場でガコンとはめ直せばすぐに動かせるようになる」というものではありません。靭帯が一部切れてしまっている「靭帯損傷」や「靭帯断裂」の一種であるため、切れた組織を修復・保護するための適切な固定期間や、場合によっては手術が必要となる外傷です。
症状
肩鎖関節脱臼の症状は、ケガをした直後から肩の「上部」に強い痛みが現れるのが最大の特徴です。
腕が上がらない(挙上困難)
痛みの中心は、肩の中ではなく「鎖骨の端」にあります。安静にして反対の手で腕を支えている時は痛みが和らぎますが、支えを外すと腕の重みで切れた靭帯が引っ張られて激痛が走ります。特に、「腕を前からバンザイするように上げる動作」や「腕を胸の前で交差させる動作(反対の肩を触るような動き)」をしようとすると、肩の上に刺さるような痛みが走り、自力では腕が上がらない状態になります。
鎖骨の端がぽっこりと浮き上がる(階段状変形・ピアノキーサイン)
靭帯が完全に切れてしまうと、鎖骨を下につなぎ止めるものがなくなるため、筋肉に引っ張られて鎖骨の外側の端がぽっこりと皮膚の上に突き出します(階段状変形)。この浮き上がった鎖骨を上から指でギュッと押し込むと、沈み込んで元の位置に戻り、指を離すと再びぽっこりと浮き上がってくる現象が見られます。これを、ピアノの鍵盤に見立てて「ピアノキーサイン」と呼び、肩鎖関節脱臼に極めて特有のサインです。
患部の明らかな腫れと皮下出血(青あざ)
ケガをしてから数時間〜数日経過すると、靭帯が切れたことによる出血が皮膚の表面に現れてきます。肩の上の関節部分が熱を持って腫れ上がり、時間が経つにつれて肩から胸、あるいは腕の方に向かって青紫色や黄色の皮下出血(青あざ)が広がっていくことがあります。
原因
日常での転倒・転落事故
自転車やロードバイクで走行中に転倒し、肩からアスファルトに落下した。脚立や階段から転げ落ちて肩を強打した。
コンタクトスポーツでの衝突
ラグビーやアメリカンフットボールで、肩から強烈なタックルを受けた、あるいは地面に叩きつけられた。柔道で投げ飛ばされて、受け身を取り損ねて肩から畳に落ちた。
ウィンタースポーツなどの転倒
スノーボードやスキーで滑走中に逆エッジにかかり、勢いよく肩から雪面に突っ込んだ。
診断
肩鎖関節脱臼の診断において最も重要なのは、単なる打撲なのか、鎖骨の骨折なのか、そして「靭帯がどの程度切れて鎖骨がズレているのか(重症度)」を正確に見極めることです。
詳細な問診と触診(ピアノキーサインの確認)

「どのような状況で、どの角度から肩を打ったのか」を伺います。その後、肩の上の腫れている部分を触診し、鎖骨が浮き上がっていないか、押すと沈むか(ピアノキーサイン)を慎重に確認します。
X線(レントゲン)検査と「ストレス撮影」
骨折がないかを確認するとともに、鎖骨と肩甲骨のズレの程度を評価します。通常のレントゲンだけではズレが分かりにくい軽度〜中等度の脱臼が疑われる場合は、両手に3〜5kg程度の重り(おもり)を持った状態でレントゲンを撮る「ストレス撮影」を行います。重りを持つことで腕が下に引っ張られ、靭帯が切れていれば鎖骨の浮き上がりが明瞭にレントゲンに写るため、正確な重症度判定が可能になります。左右両方のレントゲン撮影を行って比較することでより評価しやすくなります。
セルフチェック
「転んで肩を打ってから腕が上がらない」という時、ご自宅で確認できるセルフチェックリストです。
☑️ 自転車での転倒やスポーツなどで、肩の外側から直接地面に激突した。
☑️ 痛む方の腕をだらんと下に垂らすと肩の上に激痛が走り、反対の手で肘を下から支え上げていないと辛い。
☑️ 左右の肩を鏡で見比べると、痛い方の「鎖骨の端」が、ぽっこりと不自然に出っ張っている。
☑️ ぽっこり出っ張っている骨を上から指で押すと、バネのように少し下へ沈み込み、離すと元に戻る。
☑️ 腕を前に上げることはなんとかできても、胸の前で交差させる(反対の肩に触れる)動きをすると肩の上に激痛が走る。
治療
肩鎖関節脱臼の治療方針は、靭帯の切れ具合と鎖骨のズレの大きさ(重症度)、そして患者さまの年齢やスポーツレベル、お仕事の背景などを総合的に考慮して決定されます。
保存療法(軽度〜中等度の場合・基本となる治療)
鎖骨の浮き上がりが少ない、あるいは中等度までのズレであれば、手術は行わずに固定具を用いて回復を待つ「保存療法」が第一選択となります。
◯テーピングや装具による固定
浮き上がった鎖骨を上から押さえつけ、同時に腕の重みで肩が下に引っ張られないように、専用のサポーター(クラビクルバンドなど)やテーピング、三角巾を用いて肩をしっかりと固定します。靭帯が修復されるまでの数週間、この固定を継続することが治療の要となります。
◯薬物療法とエコー下注射
強い痛みと炎症を抑えるため、消炎鎮痛薬(飲み薬や湿布)を処方します。痛みが激しく夜も眠れないような場合には、超音波(エコー)画像を見ながら、出血して腫れ上がっている関節部分へピンポイントで痛み止めの注射を行い、速やかに苦痛を取り除きます。
手術療法(重度の場合や、早期の強力なスポーツ復帰を目指す場合)
靭帯が完全に引きちぎられて鎖骨が大きく跳ね上がり、著しい変形がある場合(重度の完全脱臼)は、手術療法が検討されます。また、ズレが中等度であっても、ラグビーや柔道など激しいコンタクトスポーツへの完全復帰を目指すアスリートや、腕を頭より高く上げて力を入れる重労働(大工仕事など)をされている方の場合は、後遺症(痛みの残存や筋力低下)を防ぐために手術が推奨されることがあります。 手術では、金属のプレートや人工の靭帯などを用いて、浮き上がった鎖骨を本来の位置に強力に引き下げて固定します。まつもと整形外科にて手術が最善であると判断した場合は、肩関節の手術を専門とする高度専門医療機関へ、責任を持ってご紹介致します。
リハビリ
固定期間中のリハビリ(患部外トレーニング)
肩を固定している数週間の間、患部を動かすことは厳禁ですが、手首や指、肘の関節まで固まってしまわないよう、負担のかからない範囲で細かな運動を行います。
固定解除後の可動域訓練(動きを取り戻す)
振り子運動(体を前傾させて腕をダラリと垂らし、円を描くように揺らす運動)などから開始し、理学療法士の徒手療法を交えながら、少しずつ腕が上がる角度を広げていきます。
筋力強化と肩甲骨の安定化(スポーツ復帰へ向けて)
可動域が広がってきたら、ゴムチューブなどを用いて肩のインナーマッスル(ローテーターカフ)や、肩甲骨周りの筋肉(僧帽筋など)のトレーニングを行い、肩全体の安定性を高めます。 まつもと整形外科では、経験豊富な理学療法士・作業療法士が患者さまの競技特性や日常生活の目標に合わせ、再発を防ぐためのフォーム指導を含めたマンツーマンのリハビリプランを提供いたします。
セルフケア・予防
復帰時のテーピングと専用パッドの着用
スポーツに復帰する際は、肩鎖関節を上から押さえつけるようなテーピングを巻くことで、関節の安定感が増し、安心感が得られます。また、コンタクトスポーツの選手は、肩先に特製の衝撃吸収パッドを入れるなどして、再受傷のダメージを減らす工夫を行ってください。
正しい「受け身」の習得(根本的な予防)
自転車競技や武道、ウィンタースポーツでは、転倒を完全にゼロにすることは困難です。だからこそ、転倒した際に肩先から直接落ちるのではなく、背中や腕全体を使って丸く転がり、衝撃を逃がす「正しい受け身」の技術を日頃から身につけておくことが、最強の予防策となります。
日常生活での荷物の持ち方の工夫
治療後しばらくは、痛めた方の手で重い荷物(スーパーの袋やカバンなど)を長時間ぶら下げて持つことは避けてください。腕が下に引っ張られる力は、修復中の靭帯に大きなストレスを与えます。リュックサックを使用するか、反対の手で持つ習慣をつけて、関節を守りましょう。
Q&A
普通の「肩の脱臼」とは何が違うのですか?はめ直してもらえればすぐ治りますか?
一般的な「肩関節脱臼」は、腕の骨(上腕骨)が肩の関節の「受け皿」部分から抜け落ちるケガで、整復(元の位置にはめ直すこと)ができれば比較的すぐに痛みが和らぎます。しかし、今回の「肩鎖関節脱臼」は、鎖骨と肩甲骨を繋いでいる強靭な靭帯が引きちぎられてしまう(断裂する)ケガです。はめ直して終わりではなく、切れた靭帯が修復されるまで三角巾などで数週間しっかりと固定しなければならないため、治療のアプローチや治るまでの期間が全く異なります。
治療後も、鎖骨のぽっこりとした出っ張りが残っている気がするのですが、大丈夫ですか?
軽度の捻挫であれば元通りになりますが、中等度以上の脱臼に対して手術をせずに保存療法を行った場合、痛みが取れた後も「鎖骨のわずかな出っ張り」が残ってしまうことはよくあります。見た目の変形が少し残ったとしても、リハビリをしっかり行えば肩の機能(動かしやすさや筋力)に大きな支障をきたすことは少なく、スポーツや日常生活への復帰は十分に可能です。ただし、見た目の変形をどうしても残したくない場合や、痛みが長引く場合は、手術療法が適応となることがあります。
痛みが引いてきたので、すぐに柔道(またはラグビー)の練習に復帰してもいいですか?
自己判断での早期復帰は絶対に避けてください。痛みが引いたからといって、切れた靭帯が完全にくっついて元の強度に戻ったわけではありません。靭帯が不十分な状態で再びタックルを受けたり転倒したりすると、再脱臼を起こし、慢性的な痛みや筋力低下といった一生の後遺症につながる恐れがあります。
監修
経歴
- 済生会福岡総合病院
- 製鉄記念八幡病院
- 福岡市民病院
- 九州大学病院
- 九州医療センター
- 福岡赤十字病院
- 済生会八幡総合病院
- 福岡青洲会病院
資格・所属学会
- 日本整形外科学会 専門医(日本専門医機構)
- 日本整形外科学会認定 運動器リハビリテーション医
- 日本整形外科学会認定 脊椎脊髄病医
- 日本フットケア学会認定 フットケア指導士
- 身体障害者福祉法第15条指定医師(肢体不自由)
- 難病指定医
- 日本整形外科学会
- 日本フットケア・足病医学会















