化膿性関節炎とは

人間の関節は通常、関節包(かんせつほう)という袋に包まれており、内部は無菌状態に保たれています。化膿性関節炎とは、本来無菌であるはずの関節内に、何らかの経路で細菌(黄色ブドウ球菌や連鎖球菌など)が侵入し、繁殖して化膿(膿が溜まること)してしまう疾患です。
この疾患は全身のあらゆる関節で起こる可能性がありますが、特に「膝(ひざ)」の関節に最も多く発症するという非常に重要な特徴があります。膝は関節の中で最も大きく、体重を支えるために常に大きな負担がかかっている関節であり、関節内部の空間も広いため、一度細菌が侵入すると一気に増殖して炎症が広がりやすい環境にあるからです。
細菌が関節内で繁殖すると、人間の免疫細胞がそれと戦うために激しい炎症を起こします。この時、細菌が産生する毒素や、免疫細胞が放出する強力な酵素によって、膝関節のクッションである「軟骨」が急速に破壊されてしまいます。その進行スピードは極めて早く、発症からわずか24〜48時間で軟骨の破壊が始まるとも言われています。
免疫力が未熟な乳幼児や、加齢・持病によって免疫力が低下している高齢者に多く見られますが、健康な成人であってもケガや注射などをきっかけに発症することがあります。整形外科において最も迅速な診断と治療開始が求められる「関節の救急疾患」の代表格です。
症状
急激な膝の激痛と動かしにくさ(安静時痛)
これまで痛みがなかった膝関節に、突然、激しい痛みが現れます。歩こうと体重をかけた時や曲げ伸ばしをした時はもちろんのこと、じっとしていてもズキズキとうずくような激しい痛み(安静時痛)があり、痛みのために足を床につくことや、膝を動かすことが全くできなくなります。
膝全体の著しい腫れ・赤み・熱感
細菌感染による猛烈な炎症のため、膝関節の中に大量の膿(うみ)が溜まります。その結果、膝のお皿の周り全体がパンパンに腫れ上がり、皮膚の表面が赤く変色し(発赤)、手のひらで触ると反対の膝や周囲の皮膚よりも明らかに熱を持っている状態になります。
発熱や悪寒、倦怠感などの全身症状
膝だけの問題にとどまらず、細菌や炎症性物質が血液に乗って全身に影響を及ぼすため、38度以上の高熱が出たり、ガタガタと寒気(悪寒)がしたり、体がぐったりとだるくなったりといった、風邪やインフルエンザのような全身症状を伴うことが非常に多くあります。
原因
血行性感染(血液に乗って運ばれてくるルート)
最も頻度が高い原因です。虫歯、肺炎、膀胱炎(尿路感染症)、中耳炎、感染性心内膜炎(心臓の弁に細菌が感染する病気)など、体の別の場所にあった細菌が血液の流れに乗って全身を巡り、膝などの大きな関節の内部に到達して増殖してしまうケースです。
直接感染(外から直接細菌が入るルート)
膝の近くに深い切り傷や刺し傷を負ったり、動物に噛まれたりした傷口から細菌が直接侵入するケースです。また、過去に他の病院で膝関節内にステロイドやヒアルロン酸の注射を受けた際、あるいは関節の手術(人工膝関節置換術など)を受けた後に、ごく稀に針穴や切開部から感染を起こす「医原性」のケースもこれに含まれます。
隣接組織からの波及(近くの感染巣から広がるルート)
関節のすぐ近くにある骨や筋肉がすでに細菌感染を起こしている場合(骨髄炎など)、そこから細菌が直接関節の中へと破れ出て感染が広がるケースです。
【発症しやすいリスクファクター】
健康な方よりも、以下のような基礎疾患や状態にある方は、細菌に対する免疫力(抵抗力)が弱まっているため、膝の化膿性関節炎を発症するリスクが格段に高くなります。
○糖尿病を患っている方(血糖コントロールが不良な方)
○関節リウマチで免疫抑制剤やステロイドを使用している方
○人工膝関節を入れる手術を受けたことがある方
○腎不全などで透析を受けている方
○肝臓や腎臓に慢性的な疾患がある方
○ご高齢で全身の体力が低下している方
診断
関節液検査
膝関節内に注射針を刺し、溜まっている液体(関節液)を採取します。正常な関節液は透明で少し粘り気がありますが、化膿性関節炎の場合は、白く濁ったドロドロの膿(うみ)が引けます。この関節液に含まれる白血球の数を調べたり、顕微鏡で直接細菌の有無を確認(グラム染色)したり、細菌を培養して種類を特定します。さらに、症状が極めて似ている「痛風」や「偽痛風」と正確に見分ける(鑑別する)ため、関節液の中に尿酸塩結晶(痛風の原因)やピロリン酸カルシウム結晶(偽痛風の原因)が含まれていないかも同時に確認し、確定診断を行います。検査結果が出るまでに数日かかります。
血液検査
全身の炎症の強さを示す数値(CRPや白血球数)を測定します。化膿性関節炎が起きている場合、これらの数値が異常に高く跳ね上がります。
画像検査
初期の段階では、レントゲン(X線)検査を行っても軟骨や骨の破壊などの異常は写りません。しかし、膝関節内に大量の液体が溜まっている様子や、周囲の軟部組織の炎症の広がりを詳細に確認するために、必要に応じてMRI検査を実施します。MRI検査が必要な場合には提携医療機関へ速やかに手配いたします。
セルフチェック
ご自身の膝の痛みが、急を要する化膿性関節炎の危険なサインかどうか、ご自宅で確認できるセルフチェックリストです。
☑️ 痛む膝がパンパンに腫れ上がっており、皮膚が赤くなっている。
☑️ 痛む膝を手のひらで包むように触ると、反対の膝に比べて明らかに熱い(熱感がある)。
☑️ 痛みが強すぎて、膝に体重をかけられない、あるいは一歩も歩くことができない。
☑️ 膝の痛みと同時に、38度以上の発熱や寒気、強い全身のだるさがある。
☑️ 数日以内に膝の近くに深いケガをした、あるいは膝に関節注射(ヒアルロン酸など)を打った。
☑️ 糖尿病や関節リウマチなどの持病があり、日常的に薬を飲んでいる。
治療
手術療法(基本かつ最優先の治療:関節鏡下洗浄術)
化膿性関節炎の根本的な治療は、関節内の膿と細菌を物理的に完全に洗い流すことです。現在の医療では、膝に数ミリの小さな穴を数カ所開けて関節鏡を挿入し、カメラで内部を確認しながら大量の生理食塩水で関節の中を徹底的に洗い流す「関節鏡視下手術」が基本かつ第一選択となります。(※極めて重症で進行している例に限り、大きく関節を切り開く手術が行われることもあります) まつもと整形外科にて化膿性関節炎と診断した場合は、緊急手術や入院による徹底的な治療が必要となるため、地域の基幹病院や高度専門医療機関へ責任を持って大至急ご紹介いたします。
抗菌薬(抗生物質)の点滴と内服
手術で関節の中を綺麗にした後も、原因となっている細菌の種類を特定し、それに最も効果のある抗菌薬をまずは点滴で強力に投与します(通常数週間〜数ヶ月)。血液検査で炎症の数値が完全に落ち着いてきたら内服薬(飲み薬)に切り替えて、体内の菌が完全に消滅するまで治療を継続します。
リハビリ
急性期(炎症が強い時期)
感染を抑えるために局所の安静は必要ですが、関節が固まるのを防ぐため、理学療法士の指導のもと、痛みのない範囲でゆっくりと膝関節を動かす訓練(他動運動)や、膝を動かさずに太ももの筋肉(大腿四頭筋)に力を入れる訓練(パテラセッティングなどの等尺性収縮)を可能な限り早期から開始します。
回復期(炎症が落ち着いてきた時期)
血液検査の数値が改善し、痛みが和らいできたら、本格的なリハビリを開始します。長期間の安静で落ちてしまった太ももやふくらはぎの筋肉を取り戻すための筋力トレーニングや、膝の可動域(曲げ伸ばしの角度)を正常な状態まで広げるためのストレッチを徹底して行います。 まつもと整形外科では、患者さまが再びご自身の足でしっかりと歩き、元の生活水準へ戻れるよう、経験豊富な理学療法士がマンツーマンで中長期的なリハビリプランをサポートいたします。
セルフケア・予防
傷口の清潔な管理
転んで膝に擦り傷ができた時や虫刺されをかきむしってしまった時は、そのまま放置せず、すぐに流水で泥や汚れを洗い流し、清潔に保つことが第一の予防です。傷口から入った細菌が血液に乗って膝関節へ届くのを防ぎます。
基礎疾患(特に糖尿病)の徹底したコントロール
糖尿病で血糖値が高い状態が続くと、白血球(細菌と戦う免疫細胞)の機能が著しく低下し、極めて感染症にかかりやすくなります。適切な食事管理や内服治療で日頃から血糖値をコントロールしておくことが、化膿性関節炎を含むあらゆる感染症の最大の予防策となります。
免疫力を落とさない生活習慣
睡眠不足や過労、偏った食生活、過度なストレスは全身の免疫力を低下させます。十分な休養を取り、バランスの良い食事を心がけることが細菌に負けない強い身体づくりに繋がります。
Q&A
痛風(つうふう)や偽痛風(ぎつうふう)の発作と症状が似ていますが、違いは何ですか?
痛風や偽痛風も、ある日突然膝などの関節が赤く腫れ上がり、激しい痛みや発熱を伴うため、初期症状は化膿性関節炎と非常に似ています。決定的な違いは、「関節の中に細菌がいるかいないか」です。痛風は尿酸の結晶、偽痛風はピロリン酸カルシウムの結晶が原因であり、細菌感染ではないため数日で痛みのピークを越え、関節が溶けて無くなることは通常ありません。しかし、見た目や症状だけで両者を見分けることは整形外科専門医でも困難な場合があるため、必ず関節液を抜いて検査を行い、危険な化膿性関節炎でないことを大至急確認する必要があります。
痛みを我慢して治療が遅れてしまうと、最悪の場合膝はどうなってしまいますか?
化膿性関節炎の進行は非常に早く、発症から数日我慢して放置しただけで膝の軟骨が完全に溶け、関節が破壊されて、激しい痛みや高度な変形が残り、自力での歩行が困難になります(一生涯の後遺症)。さらに恐ろしいのは、関節の中で増殖した細菌が血液に乗って全身を回り、「敗血症(はいけつしょう)」という状態を引き起こすと、多臓器不全を起こして命を落とす危険性があることです。絶対に様子を見たり、我慢したりしてはいけない病気です。
転んで膝をすりむいた後から、なんとなく膝全体が腫れて痛むのですが…
小さなケガでも油断は禁物です。転んだ時の擦り傷や虫刺されをかきむしった傷口などから細菌が入り込み、それが原因で化膿性関節炎を引き起こすケースがあります。糖尿病の持病がある方、ステロイドや免疫抑制剤を内服中の方は特に注意が必要です。ただの打撲やケガだと思っていても、「急激に関節が腫れてきた」「触ると熱い」「ズキズキとした強い痛みがある」といった症状が現れた場合は、放置せずに早めにまつもと整形外科へご相談ください。
監修
経歴
- 済生会福岡総合病院
- 製鉄記念八幡病院
- 福岡市民病院
- 九州大学病院
- 九州医療センター
- 福岡赤十字病院
- 済生会八幡総合病院
- 福岡青洲会病院
資格・所属学会
- 日本整形外科学会 専門医(日本専門医機構)
- 日本整形外科学会認定 運動器リハビリテーション医
- 日本整形外科学会認定 脊椎脊髄病医
- 日本フットケア学会認定 フットケア指導士
- 身体障害者福祉法第15条指定医師(肢体不自由)
- 難病指定医
- 日本整形外科学会
- 日本フットケア・足病医学会















