膝蓋骨不安定症(しつがいこつふあんていしょう)とは

人間の膝の関節の前面には、「膝蓋骨(膝のお皿)」があります。膝を曲げ伸ばしする際、この膝のお皿は大腿骨にある「大腿骨滑車(だいたいこつかっしゃ)」というレール(溝)の上を、上下にスムーズにスライドして動きます。
「膝蓋骨不安定症」とは、骨の形や靭帯(じんたい)、筋肉のバランスなどのさまざまな要因によって、この膝のお皿がレールの外側(外側方向)にズレやすくなっている状態(亜脱臼)や、完全にレールから外れてしまう状態(脱臼)を指します。
初めて脱臼した場合は「急性膝蓋骨脱臼」と呼ばれますが、一度脱臼すると、お皿を内側につなぎ止めている重要な靭帯(内側膝蓋大腿靭帯:MPFL)が伸びたり切れたりしてしまいます。その結果、少しの衝撃や捻りでもお皿が外れやすくなり、日常的に「また外れるのではないか」という強い不安感(Apprehension)を抱えながら生活することになります。この慢性的な状態が膝蓋骨不安定症です。
症状
膝のお皿が外れる(脱臼)、または外れそうになる感覚(亜脱臼)
最も特徴的な症状です。スポーツ中に急に方向転換(カッティング)をした時、ジャンプの着地をした時、あるいは日常生活で振り返った瞬間などに、膝のお皿が外側へ「ボコッ」とズレる感覚があります。完全に外れてしまうと激痛で動けなくなりますが、自然に元の位置に戻る(整復される)ことも多いため、「膝の中で何かが引っかかった」「ズレた」という違和感として自覚される方も多くいらっしゃいます。
膝の前側の痛みと腫れ
お皿がレールからズレて動くため、骨と骨が不自然に擦れ合い、膝のお皿の裏側や周囲に強い痛み(膝前部痛)が生じます。特に「階段を降りる時」「長時間座っていて立ち上がる時」「深くしゃがみ込む時」など、膝のお皿に強い圧力がかかる動作で痛みが悪化します。また、亜脱臼や脱臼を繰り返していると関節の中で炎症が起き、膝に水が溜まって腫れてしまうこともあります。
膝への力が入らない、ガクッと崩れる(膝崩れ:Giving-way)
歩行中や階段を降りる際に、突然膝の力が抜けてガクッと崩れ落ちそうになる現象(膝崩れ)が起きます。また、膝のお皿を外側から押されると、「また外れてしまうのではないか」という強い恐怖心(不安感)を感じ、無意識に太ももの筋肉を緊張させて膝を守ろうとする反応が出ます。
原因
骨の形の異常(構造的要因)
もともと大腿骨のレール(溝)が浅い「滑車低形成(かっしゃていけいせい)」の方や、膝のお皿の位置が通常よりも上の方にある「高位膝蓋骨(こういしつがいこつ)」の方は、お皿がレールから脱線しやすくなります。
内側膝蓋大腿靭帯(MPFL)の損傷や緩み
膝のお皿が外側に行かないように、内側からしっかりと手綱のように引っ張っているのが「内側膝蓋大腿靭帯(MPFL)」です。過去の脱臼やケガによってこの靭帯が切れたまま治っていなかったり、生まれつき関節が柔らかく靭帯が緩かったりすると、お皿を正しい位置に留めておくことができなくなります。
脚のライン(アライメント)と筋肉のアンバランス
X脚(外反膝)の方や、太ももの筋肉(大腿四頭筋)のうち、内側広筋(ないそくこうきん)という内側の筋肉が弱く、逆に外側の筋肉や組織(腸脛靭帯など)が硬く緊張している方は、筋肉が収縮するたびにお皿が常に外側へ強く引っ張られてしまい、不安定症を引き起こします。
診断
詳細な問診と触診

「いつから外れそうな感覚があるか」「過去に脱臼したことがあるか」を詳しく伺います。触診では、膝のお皿を指で外側へ押し出すテスト(Apprehension test)を行い、患者さまが恐怖感を感じて太ももに力を入れるかどうかを慎重に確認します。また、膝の曲げ伸ばしに伴うお皿の軌道(トラッキング)も観察します。
X線(レントゲン)検査

特殊な角度(膝を軽く曲げた状態など)からレントゲンを撮影し、太ももの骨の溝の深さ(滑車低形成の有無)や、お皿の位置が高すぎないか(高位膝蓋骨)、お皿が外側にどれくらい傾いているかを客観的に評価します。
超音波(エコー)検査

関節内の水(関節液)の貯留をリアルタイムで観察いたします。
MRI検査
お皿が脱臼・亜脱臼する際、骨同士が激しく衝突して軟骨や骨の一部が欠け落ちてしまう(軟骨損傷)ことが少なくありません。欠け落ちた欠片(いわゆる「関節ねずみ」)が関節の中に落ちていないか、またMPFL(内側膝蓋大腿靭帯)がどの程度切れているかを正確に診断するためには、MRI検査が不可欠です。まつもと整形外科にてMRI検査が必要と判断した場合は、速やかに連携する高度医療機関へ責任を持ってご紹介致します。
セルフチェック
ご自身の「膝が痛い」「ガクッとする」という症状が、膝蓋骨不安定症によるものかどうか、ご自宅で確認できるセルフチェックリストです。
☑️ スポーツ中や急に振り返った時に、膝のお皿がズレたような感覚があった。
☑️ 過去に一度でも、膝のお皿が外れた(脱臼した)ことがある。
☑️ 階段を降りる時や、ジャンプの着地で膝の前側が痛む、または力が抜ける。
☑️ リラックスして座った状態で、膝のお皿を外側(外の方向)に手で押されると、外れてしまいそうで極端に怖い。
☑️ 膝のお皿の向きが、真っ直ぐではなく外側を向いている気がする。
☑️ 立ち上がる時に、膝のお皿の裏側で「ゴリゴリ」「ポキッ」という音が鳴り、痛みがある。
治療
保存療法
初めての脱臼で骨折などの合併症がない場合や、完全な脱臼はしておらず外れそうな不安感(亜脱臼)がメインである場合は、手術を行わずにリハビリと装具で回復を目指す「保存療法」が第一選択となります。
◯専用サポーター(パテラサポーター)
膝のお皿が外側へズレるのを物理的に防ぐための、特殊なパッドが付いたサポーターを装着して日常生活やスポーツを行います。
薬物療法

脱臼や亜脱臼によって炎症が強く、膝が腫れている場合は、NSAIDs(非ステロイド性消炎鎮痛薬)などの飲み薬や外用薬(湿布など)を処方し、まずは痛みと炎症をしっかりと抑えます。
関節穿刺(注射)
関節の中に水や血液が溜まっている場合は、注射器でそれらを抜く処置(関節穿刺)を行います。溜まった液体を抜いて関節の中の圧力を下げることで、激しい痛みを速やかに和らげることができます。
手術療法
保存療法やリハビリを数ヶ月続けても外れそうな不安感が消えない場合(反復性脱臼)、軟骨が欠け落ちて関節内に遊離体(関節ねずみ)がある場合、あるいは高いレベルでのスポーツ復帰を強く希望される場合は、手術療法が推奨されます。 代表的な手術として、自身の太ももの裏の腱などを移植して、切れて緩んだ靭帯を作り直す「内側膝蓋大腿靭帯(MPFL)再建術」などがあります。手術が最善であると判断した場合は、膝関節・スポーツ整形外科を専門とする高度医療機関へ責任を持ってご紹介いたします。
リハビリ
内側広筋(ないそくこうきん)の集中的な強化
膝のお皿を内側へ引っ張る太ももの筋肉(内側広筋)を選択的に鍛えます。経験豊富な理学療法士が、お皿に負担をかけない安全な角度でのトレーニング(セッティングやミニスクワットなど)をマンツーマンで指導いたします。
柔軟性の改善とフォーム修正(動作指導)
お皿を外側へ引っ張る腸脛靭帯などの硬い組織のストレッチングを入念に行います。また、ジャンプの着地や方向転換の際に、膝が内側に入りつま先が外を向く「Knee-in Toe-out(ニーイン・トゥアウト)」という不良姿勢は、お皿が脱臼する最大の原因となります。スポーツ現場への復帰に向けて、この危険なフォームを修正する動作指導を徹底して行います。
セルフケア・予防
一度お皿がズレやすくなった膝を守り、脱臼の再発を防ぐためには、日々のセルフケアと身体の使い方を見直すことが不可欠です。
太もも周辺の入念なストレッチ
太ももの前側の筋肉(大腿四頭筋)や外側の組織が硬くなると、お皿への圧力が高まり軌道がズレやすくなります。お風呂上がりなど身体が温まっている時に、太ももの前や外側をゆっくりと伸ばすストレッチを毎日の習慣にしてください。
足元(足部アーチ)の環境を整える
扁平足(土踏まずが潰れた足)の方は、歩行時に膝が内側に倒れ込みやすくなり、結果として膝のお皿が外側に引っ張られるストレスが増大します。ご自身の足に合ったインソール(中敷き)を使用し、踵(かかと)がしっかりと固定される適切な靴を選ぶことが、膝を守る予防に直結します。
スポーツ時のサポーター着用とテーピング
医師から処方された専用のパテラサポーターを、スポーツ活動時には必ず正しく装着してください。また、理学療法士から指導を受けたお皿の軌道をサポートするテーピングを併用することも、再発予防において非常に効果的です。
Q&A
一度膝のお皿が外れて自然に戻ったのですが、クセ(反復性)になりますか?
はい、クセになる可能性が非常に高い疾患です。特に10代の若い時期に初めて脱臼した場合、約20%〜50%の方が再脱臼(反復性脱臼)を経験すると言われています。一度外れた衝撃でお皿を支える内側の靭帯(MPFL)が伸びたり断裂したりしているため、適切な期間の固定と専門的なリハビリを行わずに放置すると、ますます外れやすい膝になってしまいます。「自然に戻ったから大丈夫」と自己判断せず、必ず正確な診断を受けてください。
膝蓋骨不安定症と診断されましたが、スポーツ(部活動)は続けてもいいですか?
自己判断で痛みを我慢しながら続けることはお勧めできません。お皿が不安定な状態で激しい運動を続けると、脱臼を繰り返すだけでなく、お皿の裏の軟骨がすり減ったり、骨が欠けたりして将来的な歩行機能に重大な障害を残す恐れがあります。しかし、完全にスポーツを諦める必要はありません。正確な状態を評価し、適切なサポーターの装着、そして理学療法士によるリハビリでフォーム修正(Knee-in Toe-outの改善)と筋肉強化を行うことで、安全にスポーツへ復帰している方は数多くいらっしゃいます。まずはご相談いただき、一緒に復帰への道筋を立てていきましょう。
できれば手術はしたくありません。リハビリだけで治すことはできますか?
骨の形の異常が少なく、初めての脱臼や軽度の不安感であれば、手術を行わずにリハビリテーションとサポーター等の保存療法で症状をコントロールできるケースは十分にあります。当院でも、まずは理学療法士による内側広筋の強化や動作改善にしっかりと取り組んでいただきます。ただし、生まれつき骨の溝が極端に浅い場合や、すでに脱臼を何度も繰り返して日常生活に恐怖を抱いている場合、あるいは関節内に軟骨の欠片が落ちているような重症例では、根本的に治すために靭帯を作り直す手術(MPFL再建術)が必要となります。患者さまの将来を見据えた最適な治療法をご提案いたします。
監修
経歴
- 済生会福岡総合病院
- 製鉄記念八幡病院
- 福岡市民病院
- 九州大学病院
- 九州医療センター
- 福岡赤十字病院
- 済生会八幡総合病院
- 福岡青洲会病院
資格・所属学会
- 日本整形外科学会 専門医(日本専門医機構)
- 日本整形外科学会認定 運動器リハビリテーション医
- 日本整形外科学会認定 脊椎脊髄病医
- 日本フットケア学会認定 フットケア指導士
- 身体障害者福祉法第15条指定医師(肢体不自由)
- 難病指定医
- 日本整形外科学会
- 日本フットケア・足病医学会















