肘部管症候群(ちゅうぶかんしょうこうぐん)とは

肘部管症候群とは、肘の内側を通っている「尺骨神経(しゃっこつしんけい)」という太い神経が、何らかの原因で圧迫されたり引っ張られたりすることでダメージを受け、手や指にしびれや運動障害を引き起こす疾患です。
誰でも一度は、肘の内側を机の角などにぶつけてしまい、小指の先まで「ジーン!」と電気が走るような痛みを経験したことがあるのではないでしょうか。あの痛みが走る場所が、まさに尺骨神経の通り道である「肘部管(ちゅうぶかん)」です。
肘部管は、骨と靭帯に囲まれたトンネルのような構造をしていて、このトンネル部分は皮膚のすぐ下という非常に浅い場所にあるため、外部からの圧迫に弱く、さらに肘を曲げ伸ばしするたびに尺骨神経が擦れたり引っ張られたりしやすいという構造的な弱点を持っています。
このトンネル内で尺骨神経が慢性的に締め付けられると、神経が担当している領域(主に小指と薬指)に異常な感覚が生じます。さらに進行すると、感覚だけでなく「筋肉を動かす指令」が手先までうまく伝わらなくなり、手の筋肉が痩せ細って指が変形してしまうこともあります。
症状
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小指と薬指(小指側半分)のしびれ・違和感
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肘の内側から前腕にかけての痛み
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肘を曲げていると症状が悪化する
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指先の細かい作業が困難になる(巧緻運動障害)
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握力が低下し、物を落としやすくなる
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骨間筋の萎縮
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鷲手変形
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洗顔時に手のひらに水がすくえなくなる
など
原因
加齢に伴う特発性(原因不明)
最も多く見られるケースです。加齢によって肘部管を構成している靭帯が分厚くなったり、トンネル内が狭くなったりすることで神経を圧迫します。特に50代以上の男性に多く見られます。
変形性肘関節症による骨棘
肉体労働やスポーツの過労、加齢などにより肘の関節の軟骨がすり減り、できた骨のトゲ(骨棘)が神経のトンネルを狭めて圧迫します。
幼少期の肘の骨折の後遺症
子どもの頃に肘の骨折を経験し、成長するにつれて肘が外側に曲がっていく「外反肘(がいはんちゅう)」という変形が生じた場合、数十年の時を経て尺骨神経が強く引き伸ばされ、発症することがあります。これを「遅発性尺骨神経麻痺」と呼びます。
ガングリオンなどの腫瘤
肘部管の中にガングリオン(ゼリー状の液体が溜まった良性のしこり)や腫瘍ができ、それが物理的に神経を圧迫して症状を引き起こすケースです。
日常生活の悪い習慣(外部からの圧迫)
デスクワークで硬い机に肘の内側を長時間押し当てていたり、頬杖をつく癖があったり、肘を深く曲げて寝る習慣があったりすると、神経に慢性的なダメージが蓄積します。スポーツ(野球や柔道など)での肘の酷使も原因となります。
診断
問診・視診・触診
いつからしびれるのか、どの指がしびれるのかを詳しくお聞きします。手の筋肉が痩せていないか(萎縮の有無)、指が変形していないか(鷲手変形)を目視で確認します。
ティネルサイン(Tinel様徴候)
肘の内側の尺骨神経が通っている部分を指や打腱機で軽く叩きます。この時、神経が傷んでいると、小指や薬指に向かって電気が走るような痛みが響きます。非常に重要なテストです。
肘屈曲テスト
肘を最大限に曲げた状態を1分程度キープしていただき、小指や薬指にしびれが誘発されるか、あるいは悪化するかを確認します。
フローマン徴候(Froment徴候)
両手の親指と人差し指で紙を強くつまんで引っ張り合っていただきます。尺骨神経が麻痺していると、親指を真っ直ぐにしてつまむ力が弱まるため、無意識に親指の第一関節を曲げて(他の神経の力を借りて)紙をつまもうとするサインが現れます。
X線(レントゲン)検査
肘の骨の変形(変形性肘関節症)や、外反肘などの骨格の異常がないかを確認します。
エコー(超音波)検査
トンネルの中にガングリオンなどの腫瘤が隠れていないか疑わしい場合に実施します。
セルフチェック
しびれる場所の確認
ご自身のしびれが「親指・人差し指・中指」に出ている場合は手根管症候群などの別疾患が疑われます。「小指と薬指」だけにしびれがある場合は肘部管症候群の可能性があります。
肘のトントン・テスト
肘の内側にある、骨の出っ張りのすぐ後ろの凹み(ぶつけるとジーンとする場所)を、反対の手の指で軽くトントンと叩いてみてください。小指の先までビクッと電気が走るような痛みが響けば、陽性(疑いあり)です。
指交差テスト
手をパーの形に開き、中指の上に人差し指を乗せてクロスさせることができますか?尺骨神経が麻痺して筋肉が落ちると、この指を交差させる動きができなくなります。
治療
保存的加療(手術をしない治療)
しびれや痛みが比較的軽く、手の筋肉が痩せたり指が変形したりといった「運動麻痺」が出ていない初期段階では、保存療法が第一選択となります。
安静と生活指導: 最も大切なのは、神経への圧迫や引き伸ばしを避けることです。頬杖をつかない、机に肘を直接押し当てない、長時間のスマートフォンの操作を控えるなどの指導を行います。
薬物療法: ダメージを受けた末梢神経の修復を助けるビタミンB12製剤(メコバラミンなど)の内服を継続します。痛みが強い場合は、神経障害性疼痛薬や非ステロイド性消炎鎮痛剤(NSAIDs)を処方します。
装具療法(スプリント): 寝ている間に無意識に肘を曲げてしまうのを防ぐため、夜間のみ肘を伸ばした状態で固定する軽い添え木(スプリント)やサポーターを装着していただくことがあります。
手術療法
保存療法を数ヶ月続けてもしびれが改善しない場合や、すでに「箸が使えない」「筋肉が大きく痩せ細っている(萎縮)」「鷲手変形が起きている」といった重症例では手術が必要です。 神経を締め付けている靭帯のトンネルを切り開いて圧迫を解除する「神経除圧術」や神経の通り道を引っ張られにくい肘の内側(前方)へ移動させる「神経前方移行術」などが行われます。
リハビリ
「人の手」による徒手療法
肘の関節周辺の筋肉や筋膜が硬くなると、尺骨神経へのストレスがさらに増大します。理学療法士が直接「人の手」で筋肉の緊張を丁寧にほぐし、肘から手首にかけての柔軟性を改善します。
神経滑走練習
癒着して動きが悪くなった尺骨神経が、トンネルの中でスムーズに滑るようにするための特別なストレッチングを指導します。
筋力トレーニングと巧緻動作訓練
痩せてしまった手の筋肉(骨間筋など)を再び活性化させるため、セラピーパテ(医療用の粘土)を握る訓練や、輪ゴムを指で広げる訓練を行います。また、箸を使う、ボタンを留めるといった日常生活動作(ADL)がスムーズに行えるよう、実生活に即した動作練習をサポートします。
セルフケア・予防
肘を長期間曲げたままにしない
読書やスマートフォンの操作、長時間の電話など、肘を鋭角に曲げた姿勢を続けると神経が引っ張られ血流が悪くなります。こまめに腕を下ろして伸ばし、休憩を挟みましょう。
肘の内側を圧迫しない
デスクワーク中や運転中に、硬い机やアームレスト(肘掛け)に肘の内側をゴリゴリと押し当てないように注意してください。どうしても肘をつく場合は、柔らかいクッションやタオルを敷いて神経を保護しましょう。
頬杖(ほおづえ)をつかない
頬杖は肘部管をダイレクトに圧迫する最悪の姿勢の一つです。無意識の癖になっている方は、意識して改善することが重要です。
就寝時の工夫
寒くなると、無意識に腕を胸の前で小さく折りたたんで寝てしまうことがあります。タオルを肘の内側にふんわりと巻いて寝るなど、肘が完全に曲がりきらない工夫をすると夜間のしびれ予防に役立ちます。
Q&A
手根管症候群(しゅこんかんしょうこうぐん)とは違う病気ですか?
はい、原因となる神経と、しびれる指の場所が異なります。「手根管症候群」は手首で正中神経が圧迫される病気で、主に「親指・人差し指・中指」がしびれます。一方の「肘部管症候群」は肘で尺骨神経が圧迫される病気で、「小指と薬指」にしびれが出ます。どちらも進行すると手の筋肉が痩せるため、整形外科専門医による鑑別診断が重要です。
痩せてしまった手の筋肉や指の変形は、治療すれば元に戻りますか?
しびれや痛みの症状は、適切な治療(または手術)により比較的早く改善が見込めます。しかし、一度痩せ細ってしまった筋肉(筋萎縮)や指の変形が元の状態まで回復するには、非常に長い時間(半年から数年)がかかることが多く、完全には元に戻らない後遺症となるリスクもあります。
手術をせずに、薬とリハビリだけで治すことはできますか?
しびれが軽く、筋肉の麻痺が見られない初期の段階であれば、安静を保ち、ビタミン剤の内服やまつもと整形外科での適切なリハビリを行うことで、十分に症状が改善するケースは多くあります。しかし、症状が徐々に悪化している場合や筋肉の萎縮が始まっている場合は手術が望ましいです。
昔、子どもの頃に肘を骨折したことがありますが、関係ありますか?
関係があります。幼少期にジャングルジムや鉄棒から落ちて「上腕骨顆上骨折」などを経験した場合、骨が変形したまま成長して「外反肘(肘が外側に反る)」になることがあります。この変形があると、成人してから数十年後に尺骨神経が引き伸ばされ続け、「遅発性尺骨神経麻痺(肘部管症候群)」を発症する大きな要因となります。
趣味のスポーツ(野球、テニス、ゴルフなど)は続けても良いですか?
症状が強く出ている急性期やしびれが悪化している期間は、肘への負担を減らすためにスポーツは一旦お休み(安静)していただく必要があります。痛みを我慢してプレーを続けると、神経のダメージが進行する恐れがあります。まつもと整形外科では、スポーツへの復帰を目指したリハビリやフォーム改善のアドバイスも行っておりますので、ご自身の判断で無理をせず、まずはご相談ください。















