上方関節唇損傷(SLAP lesion)とは

上方関節唇損傷(じょうほうかんせつしんそんしょう)とは、肩の関節の受け皿の縁についている「関節唇(かんせつしん)」という軟骨のリングのうち、上方の部分(Superior)が、前方(Anterior)から後方(Posterior)にかけて剥がれたり裂けたりする疾患です。英語の頭文字をとって「SLAP(スラップ) lesion(損傷)」と一般的に呼ばれます。
人間の肩関節は、球状の形をした上腕の骨(上腕骨頭)に対して、肩甲骨側の受け皿(関節窩)が非常に浅く小さいという特徴があります。例えるなら「ゴルフのティーに、大きなボールが乗っている状態」です。このままではすぐに脱臼してしまうため、受け皿の縁に土手のようにぐるりと付着して、ボールが外れないように深く安定させている軟骨のパッキンが「関節唇」です。
そして、この関節唇の「一番上の部分(上方)」には、「上腕二頭筋長頭腱(じょうわんにとうきんちょうとうけん)」が錨(アンカー)のように強力にくっついています。
ボールを投げるために腕を思い切り後ろに引いた際や、腕を強く振り下ろした際、この上腕二頭筋の腱が強烈に引っ張られ、その根元にある「上方関節唇」が骨から剥がされてしまうのが、SLAP損傷が起こるメカニズムです。関節のパッキンが破綻することで肩が不安定になり、周囲の組織が衝突・摩擦を起こして、スポーツ動作のたびに肩に激痛が走るようになります。
症状
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ボールを投げる動作(特に腕を後ろに引いた「コッキング期」から振り出す瞬間)で、肩の奥深くにズキッとした鋭い痛みがある
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肩を回したり、特定の角度に腕を挙げたりすると「ゴリッ」という異音や引っかかり感(キャッチング)がある
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思い切り腕を振ろうとしても力が抜け、ボールのスピードや遠投の距離が著しく落ちてしまう
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テニスのサーブやスマッシュ、バレーボールのアタックなど、腕を頭上で強く振る動作で肩が痛い
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重い物を持ち上げたり、腕を前に伸ばしてハンドルを回したりするような日常動作でも、肩の前側から力こぶの筋肉にかけて痛むことがある
など
原因
SLAP損傷を引き起こす原因は、大きく「スポーツによる繰り返しの負担(オーバーユース)」と「突発的な強い衝撃(外傷)」の2つに分けられます。
繰り返しの投球・オーバーヘッド動作(Peel-back メカニズム)
これが最も多い原因です。投球動作において腕を極限まで後ろに引いて外側に捻る(外旋する)と、上腕二頭筋長頭腱が関節唇の付け根を後方へと強烈にねじりながら引っ張る力が働きます。これを「ピールバック(Peel-back)メカニズム」と呼びます。このストレスが毎日の練習で何千回、何万回と繰り返されることで、軟骨が耐えきれなくなり剥離してしまいます。
突発的な外傷(ケガ)
スポーツ中の転倒で腕をまっすぐ伸ばしたまま手をついて肩を強く突いた場合や、重い物を急に持ち上げようとして腕が強く下に引っ張られた場合など、一度の大きな衝撃で関節唇が裂けて発症するケースもあります。
肩甲骨の動きの悪さと股関節の硬さ(運動連鎖の破綻)
下半身や体幹の力がうまく上半身に伝わらない(手投げになっている)状態や、肩甲骨の動きが悪い状態で無理に腕を振るフォームを続けていると、肩関節単体に凄まじい負担が集中し、SLAP損傷を引き起こす大きな根本原因となります。
診断
詳細な問診と触診
「どのフォームの瞬間に痛むか」「いつからパフォーマンスが落ちているか」を確認し、肩の前方や奥の方に圧痛(押した時の痛み)がないかを確認します。
徒手検査(スペシャルテスト)
SLAP損傷特有の痛みを誘発するテストを行います。腕を前に伸ばして内側に捻り、医師が上から抵抗をかけた際に肩の奥が痛むかを確認する「オブライエン・テスト(O'Brien test)」や、腕を挙げて捻ることで関節唇の挟み込みによる異音や痛みを確認する「クランク・テスト(Crank test)」、「スピード・テスト」などを複数組み合わせて評価します。
X線(レントゲン)検査
関節唇(軟骨)自体はレントゲンには写りませんが、骨の変形や、肩峰下インピンジメントの原因となる骨のトゲ(骨棘)などがないかを除外診断するために基本となる検査です。
MRI検査
剥がれた関節唇や、上腕二頭筋長頭腱の損傷具合をMRI検査で確認することができます。通常のMRIに加えて、関節内に少量の造影剤を注射してから撮影する「MR関節造影(MR arthrography)」が、より微細な損傷を正確に診断するために非常に有用です。精密検査が必要と判断した場合は、提携する医療機関へご紹介いたします。
セルフチェック
ご自身の肩の痛みが、単なる一時的な筋肉痛なのか、SLAP損傷などの関節内部のケガの疑いがあるのかを確認できる簡単なセルフチェックリストです。
☑️ 腕をまっすぐ前に肩の高さまで挙げ、親指を床に向けた状態(腕を内側に捻る)で、誰かに上から腕を押し下げてもらい、それに抵抗して腕をキープしようとすると、肩の奥に痛みが走る。
☑️ 親指を天井に向けた状態(腕を外側に捻る)で同じように押し下げられた場合は、先ほどよりも痛みが軽い(または痛くない)。
☑️ シャドーピッチングのようにボールを持たずに腕を振るだけでも、腕を後ろに引いた瞬間に肩の奥が痛い。
☑️ 肩をぐるぐると大きく回すと、関節の奥でコキッ、パキッと引っかかるような音が鳴る。
☑️ 投球後に肩が痛むだけでなく、腕全体がだるくなり、力が入らなくなる感覚がある。
治療
SLAP損傷の治療は、損傷の程度や、患者さまがどのようなスポーツレベルへの復帰を望んでいるかによって治療方針を決定します。
保存療法(消炎鎮痛と機能回復)
◯局所の安静(投球禁止)
痛みが強い急性期は、原因となっている投球動作やオーバーヘッド動作を完全に休止します。ここで中途半端に投げてしまうことが一番治りを遅らせます。
◯薬物療法と注射療法
激しい炎症と痛みを抑えるために、非ステロイド性消炎鎮痛薬(NSAIDs)の飲み薬や湿布を処方します。痛みが強い場合は、肩関節内や上腕二頭筋長頭腱の周囲に、エコーガイド下で強力な抗炎症作用を持つステロイド剤や、関節の動きを滑らかにするヒアルロン酸を注射し、的確な痛みのコントロールを行います。
手術療法について
3〜6ヶ月間の保存療法(リハビリ)を徹底しても痛みが取れず、思い切りボールを投げられない場合や、関節唇が大きく剥がれて関節に挟まり込んでいる重症例では、スポーツへの完全復帰のために手術療法が検討されます。
◯関節鏡下手術
肩に1cmほどの小さな穴を数カ所開け、内視鏡(関節鏡)を挿入して、剥がれた関節唇を特殊な糸とアンカー(小さなネジ)で元の骨に縫い付ける「関節唇修復術」などが行われます。手術が必要と判断した場合は、肩関節を専門とする提携の医療機関へご紹介いたします。
リハビリ
肩関節後方の柔軟性改善(スリーパーストレッチなど)
投球障害を抱える選手の多くは、肩の後ろ側の関節包(袋)や筋肉が硬くなり、腕が内側に回らなくなる「GIRD(肩関節内旋制限)」という状態に陥っています。この硬さが前方の関節唇に過剰な負担をかけるため、スポーツリハビリを専門とする理学療法士による手技やストレッチ指導により、後方の柔軟性を徹底的に改善します。
肩甲骨の安定性向上(Scapular Dyskinesisの修正)
肩甲骨の動きが悪く、正しい位置にない状態を修正します。僧帽筋下部や前鋸筋といった肩甲骨を支える筋肉を強化し、腕を挙げた際に肩甲骨がスムーズに連動して上方回旋するように本来の機能を回復させます。
インナーマッスル(腱板)の強化
肩関節の土台となる回旋筋腱板(ローテーターカフ)を、ゴムチューブなどを用いて低負荷で丁寧に鍛え、関節がグラグラしないように求心力(骨頭を関節窩に引きつける力)を高めます。
運動連鎖(キネティック・チェーン)の再構築
SLAP損傷の最大のリハビリは「手投げの解消」です。股関節の柔軟性、体幹のひねり、そして下半身の力強さを上半身へとムチのように滑らかに伝えるための全身連動トレーニングを行い、肩だけに負担がかからない理想的な投球・スイングフォームを指導いたします。
セルフケア・予防
アスリートがSLAP損傷を予防し、高いパフォーマンスを長く維持するためには、日々の練習前後のセルフケアと、指導者を含めた負担の管理が極めて重要です。
投球数(球数)の制限と十分な休養
肩のケガの最大の原因は「投げすぎ(オーバーユース)」です。特に成長期の選手は、チームのルールやガイドラインに則り、1日の投球数や週の登板回数を厳格に守り、肩に疲労を蓄積させない勇気を持つことが何よりの予防策です。
日々の肩甲骨・股関節のストレッチ
練習後のクールダウンを疎かにしてはいけません。肩の後ろ側を伸ばすストレッチや、胸を張って肩甲骨を寄せる運動、そして投球の土台となる股関節(特に内股・太ももの裏側)のストレッチを毎日のお風呂上がりなどに必ず行ってください。
肩に痛みや違和感が出たら「すぐに申告して休む」
「これくらいの痛みなら」「レギュラーを外されたくないから」と痛みを隠してプレーを続けることは、選手生命を縮める最も危険な行為です。違和感を感じた時点で早期に休養し、整形外科医に診せることが、結果的に最短での復帰に繋がります。
Q&A
野球肘とSLAP損傷(野球肩)は同時に起こることはありますか?
はい、あり得ます。股関節の硬さや体幹の弱さなど、身体の使い方が悪い(運動連鎖が崩れている)選手は、肩にも肘にも過剰な負担がかかるフォームになっています。そのため、肘の靭帯損傷や野球肘をかばって投げているうちに肩のSLAP損傷を引き起こしたり、逆に肩の痛みをかばって肘を痛めたりするケースが臨床現場では頻繁に見られます。
SLAP損傷は、手術をしないと絶対に治らないのでしょうか?
すべての方が手術になるわけではありません。損傷の程度にもよりますが、多くの患者さまは、徹底した保存療法(一定期間の投球禁止、炎症を抑える治療)と、肩甲骨・体幹・下半身の機能を改善するリハビリテーションを行うことで、痛みをコントロールしながらスポーツに復帰することが可能です。ただし、保存療法で痛みが改善しない難治例や、プロを目指すような高いレベルでのパフォーマンスが求められる場合は、手術が必要になることもあります。
整形外科のレントゲンで「異常なし」と言われましたが、ボールを投げると肩が痛いです。
SLAP損傷は、骨ではなく「軟骨(関節唇)」のケガです。レントゲンは骨の異常(骨折や変形)を見るための検査なので、軟骨の損傷は一切写らず「異常なし」と診断されてしまいます。レントゲンで異常がないのに長引く肩の痛みがある場合、まさにSLAP損傷などの軟部組織のケガが強く疑われるため、MRI検査が必要になります。ぜひ一度ご相談ください。
痛みが引いたら、すぐに全力投球を再開してもいいですか?
絶対にやめてください。注射や休養で「痛みが消えた」ことと、「肩が治った(ケガの原因が解消された)」ことは全く別の問題です。痛みが引いたからといって、身体の硬さや悪いフォームをそのままにして全力投球を再開すれば、高確率で再発します。医師や理学療法士の指導のもと、短い距離からのネットスローなど、段階的に投球プログラム(インターバルスローイング)を進めることが完全復帰への最短ルートです。
SLAP損傷は、野球以外のスポーツや、スポーツをしていない人でも起きますか?
はい、起こります。野球以外でも、バレーボールのアタッカー、テニスプレーヤー、水泳(クロール・バタフライ)、やり投げなど、腕を頭上で強く振るあらゆるスポーツで発症のリスクがあります。また、スポーツをしていなくても、交通事故でハンドルを強く握ったまま衝撃を受けた方や、転んで腕を強く突いた方、重い荷物を急に持ち上げて腕を引っ張られた方など、日常生活の外傷が原因で発症することもあります。















