股関節唇損傷とは

股関節唇損傷(こかんせつしんそんしょう)とは、股関節の骨盤側のくぼみ(寛骨臼:かんこつきゅう)の縁をぐるりと囲むように付いている柔らかい軟骨組織、「股関節唇」が裂けたり、めくれたりして傷ついてしまう疾患です。
人間の股関節は、丸い球状の太ももの骨(大腿骨頭)が、骨盤の受け皿(寛骨臼)にすっぽりとハマる構造をしています。しかし、骨の受け皿だけではボールを完全に覆いきれないため、その縁にゴムパッキンのような役割を果たす「股関節唇」が付いています。
この股関節唇は、股関節の安定性を高め、関節の中にある潤滑油(関節液)が外に漏れないように密閉し、軟骨同士の摩擦を防ぐという非常に重要な役割を担っています。また、股関節唇には痛みを感じる神経が豊富に分布しているため、ここが傷つくと股関節の奥深くや足の付け根に非常に強い痛みを感じることになります。
股関節唇が傷ついて機能しなくなると、関節のクッション性が失われ、大腿骨頭の軟骨が直接すり減りやすくなります。これを放置していると、数年後から十数年後には、軟骨が完全にすり減って骨が変形してしまう「変形性股関節症」へと進行してしまう恐れがあります。つまり、股関節唇損傷は「変形性股関節症の入り口」とも言える状態であり、早期に発見して適切な負担軽減を行うことが、将来の股関節を守る上で非常に重要となります。
症状
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足の付け根や股関節の奥深くが痛い
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股関節を動かすと「コキッ」という音が鳴り、引っかかり感がある
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あぐらをかく、靴下を履く、足の爪を切る動作が痛くて辛い
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スポーツでの切り返し動作や、キック動作で激痛が走る
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長時間座り続けていると、股関節の奥が重だるく痛くなってくる
など
原因
大腿骨寛骨臼インピンジメント(FAI)
股関節唇損傷の最大の原因と言われているのが、このFAI(Femoroacetabular Impingement:股関節インピンジメント)です。骨盤の受け皿(寛骨臼)や、太もものボール(大腿骨頭)の形が生まれつきわずかに膨らんでいるなど、軽度な骨の形態異常がある状態です。この状態で股関節を深く曲げると、骨と骨が衝突(インピンジメント)を起こし、その間に挟まれた股関節唇が徐々にすり切れて損傷してしまいます。
寛骨臼形成不全(かんこつきゅうけいせいふぜん)
日本人の女性に非常に多い、骨盤の受け皿(寛骨臼)の被りが浅い状態です。ボールを骨で十分に覆いきれないため、はみ出た部分を股関節唇が無理に覆って支えることになります。結果として、股関節唇に過剰な負荷が常にかかり続け、早期にボロボロに傷ついてしまいます。
スポーツによる過度な負担と外傷
骨の形に異常がなくても、バレエや新体操、サッカー、ラグビーなど、股関節の可動域の限界まで足を上げたり、強い衝撃を受けたりするスポーツを長期間続けることで、股関節唇に微小な亀裂が入り、損傷することがあります。
加齢による組織の変性
年齢を重ねるにつれて、股関節唇自体の水分が失われ、弾力性が低下してもろくなります。そのため、中高年の方では、日常生活の何気ない動作で簡単に損傷してしまうことがあります。
診断
詳細な問診と徒手検査(インピンジメント誘発テスト)
どのような姿勢で痛みが強くなるのかを詳しく伺い、実際にベッドに仰向けになっていただいた状態で、股関節を深く曲げながら内側に捻るテスト(前方インピンジメントテスト)などを行います。この特有の動作で痛みや引っかかりが誘発されれば、股関節唇損傷が疑われます。
X線(レントゲン)検査
股関節唇自体は軟骨組織であるためレントゲンには写りませんが、原因となる「骨の形態異常」を確認するために必須の検査です。大腿骨の形に膨らみがないか(FAIの有無)、骨盤の受け皿の被りが浅くないか(寛骨臼形成不全の有無)を正確に評価します。
MRI検査・MRA検査(確定診断)
レントゲンに異常がなく、症状から股関節唇損傷が疑われる場合、MRI検査を行います。股関節唇の亀裂や損傷部位を鮮明に画像化することができます。MRI検査が必要と判断した場合、提携する総合病院へご紹介します。
セルフチェック
ご自身の足の付け根の痛みが、一時的な筋肉痛なのか、股関節唇損傷の疑いがあるのか、ご自宅で確認できる簡単なセルフチェックリストです。
☑️ 仰向けに寝て、片方の膝を胸に近づけるように深く曲げ、さらに膝を内側に倒すと、足の付け根の奥に痛みが走る。
☑️ 椅子から立ち上がる瞬間や、車から降りる時に股関節がズキッと痛む。
☑️ 足を動かすと股関節からコキッ、ポキッという音が鳴り、何か挟まっているような感覚がある。
☑️ 長時間座りっぱなしの姿勢が続くと、股関節の奥が重だるく痛くなってくる。
☑️ サッカーのキック動作や、スポーツでの急な方向転換時に股関節に鋭い痛みを感じる。
治療
股関節唇損傷の治療は、損傷の程度や患者さまの活動レベル(スポーツ復帰の希望など)に合わせて決定します。基本的には、まずお薬やリハビリなどの「保存療法」から開始し、効果が不十分な場合に「手術療法」を検討します。
保存療法(薬物療法)

痛みが強い急性期には、まずは股関節内で起きている炎症を鎮め、辛い痛みの悪循環を断ち切ることが最優先です。患者さまの痛みの強さに応じて、以下のようなお薬を段階的に使い分けます。
非オピオイド鎮痛薬(NSAIDs):まずは、関節の炎症を抑えるために、「ロキソニン(成分名:ロキソプロフェン)」や「ボルタレン(成分名:ジクロフェナク)」などに代表される消炎鎮痛剤の飲み薬や湿布を処方し、日常生活での基本的な痛みを和らげます。
弱オピオイド鎮痛薬:一般的なNSAIDsでは抑えきれない強い痛みがあり、歩行や睡眠に大きな支障が出ている場合には、「トラムセット」や「ツートラム(成分名:トラマドール塩酸塩)」といった弱オピオイド鎮痛薬へと段階を上げて、しっかりと痛みをコントロールします。
まずはこれらの薬物療法でしっかりと痛みを落ち着かせることが、その後に控える最も重要な「リハビリテーション」をスムーズかつ効果的に進めるための第一歩となります。
運動療法(リハビリテーション)

痛みが落ち着いてきたら、理学療法士によるリハビリテーションを開始します。実は、股関節唇損傷の保存療法において最も重要なのがこのリハビリです(詳細は下記「リハビリ」の項目で解説します)。
手術療法(股関節鏡視下手術)
数ヶ月間の保存療法やリハビリを行っても痛みが取れない場合や、スポーツのトップレベルへの復帰を目指す場合には、手術療法が選択されます。大きく太ももを切る従来の手術とは異なり、近年では数カ所の小さな穴から内視鏡を入れて行う「股関節鏡視下手術」が主流です。傷ついた股関節唇を縫い合わせたり(縫合術)、原因となっているインピンジメントの骨の出っ張りを削ったりする、体への負担が少ない手術です。手術が必要と判断した場合は、専門とする連携総合病院へご紹介いたします。
リハビリ
動作指導(痛みを出す動作の回避)
まずは、股関節唇に負担をかける「深くしゃがむ」「内股にする」といった日常生活の不良姿勢や動作を分析し、股関節を安全に使うための動作指導を行います。
体幹・骨盤周囲の筋力強化(インナーマッスル)
股関節の安定性を高めるため、お尻の筋肉(中殿筋など)や、腹部のインナーマッスル(腹横筋)を集中的に鍛えます。骨盤のグラつきを抑えることで、股関節唇にかかるストレスを劇的に減らすことができます。
股関節周囲の柔軟性改善(ストレッチ)
太ももの前側の筋肉や、お尻の筋肉が硬くなると、骨盤の傾きが悪くなりインピンジメント(骨の衝突)を起こしやすくなります。理学療法士が徒手で丁寧に筋肉の緊張をほぐし、正しい骨盤の位置を保てるように柔軟性を改善していきます。
セルフケア・予防
痛みを誘発する姿勢を避ける
「あぐら」や「女の子座り」、深くしゃがみ込む和式トイレの姿勢、靴下を無理な体勢で履く動作など、股関節を深く曲げる姿勢は極力避けましょう。椅子での生活や、洋式トイレを使用するなどの環境整備が大切です。
適正体重の維持
体重の増加は、股関節への負担をダイレクトに増やします。歩行時には体重の約3倍、階段の昇り降りでは約4〜5倍の負荷が股関節にかかります。食事の管理と、股関節に負担のかからない水中ウォーキングなどの運動で、適正体重を維持することが予防の基本です。
スポーツ前後の入念なストレッチ
スポーツをされている方は、股関節だけでなく、隣接する「胸椎(背中)」や「足首」の柔軟性を高めることが重要です。背中や足首が硬いと、その分を股関節が無理に動いて代償しようとするため、股関節唇に過剰な負担がかかります。全身の連動性を高めるウォーミングアップを心がけてください。
Q&A
傷ついた股関節唇は、自然に治る(くっつく)のでしょうか?
股関節唇は軟骨組織であり、血液の巡りが非常に乏しい部分です。そのため、一度裂けたり切れたりした股関節唇が、皮膚の傷のように自然に完全に元の状態にくっついて修復されることは、残念ながらほとんどありません。しかし、リハビリ等で股関節への負担を減らし、炎症を鎮めることができれば、傷はあっても痛みを感じずに日常生活やスポーツを送ることは十分に可能です。
変形性股関節症とは何が違うのですか?
変形性股関節症は、関節の表面を覆っている広い面積の「関節軟骨」が長年の負荷ですり減り、骨そのものが変形してしまう病気です。一方、股関節唇損傷は、関節の縁についている「股関節唇」だけが傷ついている状態です。ただし、股関節唇が壊れた状態を放置すると、軟骨のすり減りが加速し、将来的に変形性股関節症へと進行するリスクが非常に高くなります。
痛みはありますが、スポーツを続けても大丈夫ですか?
痛みを我慢しながら股関節を深く曲げたり捻ったりするスポーツを続けると、股関節唇の亀裂がさらに広がり、軟骨の破壊を早めるため非常に危険です。まずはスポーツを一時休止してください。リハビリ等で痛みがコントロールできるようになれば、身体の使い方を改善した上でスポーツに復帰できるケースも多くあります。
レントゲンで「骨には異常がない」と言われたのですが、痛みが続きます。
股関節唇損傷の非常に典型的なパターンです。股関節唇はレントゲンには写らず、初期の段階では見逃されて「ただの筋肉痛」や「原因不明」とされることが多々あります。レントゲンで異常がなくても足の付け根の痛みが数週間続く場合は、MRI検査などを用いたより詳しい診察が必要ですので、ぜひ一度当院へご相談ください。
手術をすれば、必ず痛みは取れますか?
股関節鏡視下手術は、股関節唇の損傷部分の縫合や、インピンジメントの原因となる骨の出っ張りを削ることで、非常に高い確率で痛みを改善できる優れた手術です。しかし、すでに軟骨のすり減り(変形性股関節症)が広く進行してしまっている場合は、股関節唇の手術だけでは痛みが完全には取れないことがあります。そのため、軟骨がすり減る前の「早期発見・早期治療」が何よりも重要になります。















