大腿骨頭壊死とは

大腿骨頭壊死(だいたいこっとうえし)とは、太ももの骨(大腿骨)の先端にある球状の部分「大腿骨頭(だいたいこっとう)」の血流が悪くなり、骨の組織が栄養不足に陥って死んでしまう(壊死する)病気です。
人間の股関節は、骨盤のくぼみ(寛骨臼)に、大腿骨の球状の部分(大腿骨頭)がすっぽりとハマるような構造をしており、私たちが歩く、走る、しゃがむといった動作をする際に、体重の何倍もの衝撃を受け止めています。この大腿骨頭には、非常に細い血管が数本通っているだけであるため、何らかの理由でこの血管が詰まったり細くなったりすると、あっという間に骨頭へ血液が届かなくなってしまいます。
ここで注意しなければならないのは、「骨が壊死した(死んだ)瞬間には、痛みは全く出ない」ということです。血流が途絶えて骨の細胞が死んでしまっても、骨自体の形が保たれているうちは無症状です。しかし、壊死してもろくなった大腿骨頭に、日々の歩行などで体重がかかり続けると、数ヶ月ほど経過した頃に耐えきれずに「骨がグシャッと潰れる(圧壊:あっかい)」ことになります。この「骨が圧壊した(陥没した)瞬間」に、初めて強烈な痛みが出現するのです。
一度壊死して潰れてしまった大腿骨頭は、お薬や安静だけで元の丸くて硬い骨に再生することはありません。そのため、いかに骨が大きく潰れる前に発見し、適切な進行予防策や治療介入を行うかが、患者さまのその後の歩行機能を左右する極めて重要な疾患となります。
症状
-
突然、足の付け根に強い痛みが出現した(股関節が痛い)
-
歩くたびに股関節が痛み、足を引きずって歩いてしまう(跛行:はこう)
-
あぐらをかく、靴下を履く、足の爪を切るといった動作が痛くてできない
-
安静にして横になっていても痛みがズキズキと続く(安静時痛・夜間痛)
-
痛みが数日で引くこともあれば、数週間後に再び激痛が走ることを繰り返す
など
原因
ステロイド薬の大量投与(特発性)
膠原病(関節リウマチ、全身性エリテマトーデスなど)やネフローゼ症候群といった重篤な病気の治療のために、ステロイド薬(副腎皮質ホルモン)を長期間、あるいは大量に服用したことがある方は、発症リスクが急激に高まります。ステロイドがなぜ骨の血流障害を引き起こすのかは完全には解明されていませんが、血液中の脂肪分(コレステロールなど)が増加し、細い血管を詰まらせるという説が有力です。
長期間のアルコール多飲(特発性)
毎日日本酒を2〜3合以上、あるいはビールを中瓶3本以上といった大量のアルコールを長年にわたって飲み続けている男性に非常に多く見られます。アルコールの過剰摂取もステロイドと同様に、脂肪肝や高脂血症を引き起こし、骨頭の微小な血管を詰まらせる原因になると考えられています。
股関節の外傷(二次性)
転倒や交通事故などで「大腿骨頸部骨折(だいたいこつけいぶこっせつ)」や「股関節脱臼」といった大きなケガをした場合、大腿骨頭に血液を送る重要な血管が物理的に引きちぎられてしまうことがあります。これにより、数年後に骨が壊死して潰れてくるケースです。
診断
詳細な問診と視診・触診
「いつから痛いか」だけでなく、「過去に大きな病気をしてステロイド薬を飲んだことがないか」「お酒は毎日どのくらい飲むか」「過去に股関節のケガをしていないか」といった、大腿骨頭壊死のリスクファクター(危険因子)の有無を詳しく伺います。そして、股関節を動かしてどの方向に痛みが走るかを慎重に確認します。
X線(レントゲン)検査
骨がすでに潰れ始めている段階であれば、レントゲン検査で大腿骨頭が平たく潰れていたり、骨の中に三日月状の亀裂(クレセントサイン)が入っていたりする様子を確認できます。しかし、発症直後や壊死してすぐの時期は、レントゲンでは全く異常が写らないことが多々あります。
MRI検査
MRI検査では、レントゲンでは分からない「骨の中の血流が途絶えている状態(壊死の境界線)」を、骨が潰れる前の段階で鮮明に画像化することができます。早期発見のためにMRI検査が必要と判断した場合は、提携する総合病院等へご紹介します。
セルフチェック
ご自身の股関節の痛みが、一時的な筋肉の疲労なのか、大腿骨頭壊死の疑いがあるのか、ご自宅で確認できる簡単なセルフチェックリストです。
☑️ 数日前から突然、足の付け根や太ももに強い痛みが出始めた。
☑️ 過去に、膠原病などの治療でステロイド薬をたくさん飲んでいた時期がある。
☑️ 長年にわたり、毎日お酒をたくさん飲む習慣がある。
☑️ 股関節が痛くてあぐらがかけない、または靴下を履く姿勢が辛い。
☑️ 痛い方の足をかばってしまい、足を引きずるように歩いている。
※特に「ステロイド歴」や「アルコール多飲歴」があり、足の付け根の痛みが続く場合は、大腿骨頭壊死の可能性が極めて高い危険なサインです。
治療
大腿骨頭壊死の治療は、壊死している範囲の大きさや、骨がすでに潰れているかどうか(病期)、そして患者さまの年齢や生活背景によって大きく異なります。
保存的加療
壊死している範囲が非常に小さい場合や、壊死部分が体重のかからない場合は、将来的に骨が大きく潰れるリスクが低いため、手術を行わずに経過を見ます。 痛みを和らげるための消炎鎮痛剤の処方や、患部に体重がかかるのを防ぐために「杖」の使用を指導します。また、体重が重い方は股関節への負荷を減らすための適正な体重管理が必須となります。定期的にまつもと整形外科でレントゲンやMRIを撮影し、骨が潰れてこないかを厳重に監視します。
手術療法(関節温存手術と人工関節置換術)
壊死範囲が広く、すでに骨が潰れて強い痛みが出ている場合は、歩行機能を回復させるために手術が必要となります。手術が必要な際は連携する総合病院へご紹介いたします。
関節温存手術(骨切り術): 20代〜40代などの比較的若い患者さまで、自分の関節を残したい場合に選択されます。大腿骨を途中で切り、骨の角度を回転させたり傾けたりすることで、壊死していない健康な骨の面を体重がかかる部分へ移動させる手術(大腿骨頭回転骨切り術など)です。術後のリハビリに時間がかかりますが、ご自身の骨を温存できるメリットがあります。
人工股関節置換術(THA): 骨の潰れが大きく、骨切り術が困難な場合や、50代以上の方に広く行われる手術です。壊死して変形した大腿骨頭を切り取り、金属やセラミックでできた「人工関節」に置き換えます。術後早期から劇的に痛みが取れ、数日で歩行訓練が開始できるため、早期の社会復帰が可能な非常に満足度の高い手術です。
リハビリ
保存療法中・術前リハビリ
骨が潰れるのを防ぐため、患部に強い体重をかける運動は避けます。その代わり、股関節を支える重要な筋肉である「中殿筋(お尻の横の筋肉)」を中心に、寝たまま足を横に開く運動など、骨に負担をかけない安全な筋力トレーニングを行います。手術を控えている場合も、事前に筋肉を鍛えておくことで術後の回復スピードが劇的に向上します。
関節可動域訓練とストレッチ
痛みのために股関節を動かさないでいると、周囲の筋肉や関節の袋が固まってしまいます(拘縮)。理学療法士が徒手で丁寧に筋肉をほぐし、痛みのない範囲で関節を動かして、あぐらをかく動作や靴下を履く動作の制限を防ぎます。
水中ウォーキングの推奨
プールの浮力を利用した水中歩行は、大腿骨頭への体重負荷(衝撃)を極限まで減らしながら、水の抵抗でしっかりと筋肉を鍛えることができるため、大腿骨頭壊死の患者さまに非常に有効な運動療法です。
セルフケア・予防
特発性大腿骨頭壊死の明確な発生メカニズムは完全には解明されていないため、100%の予防は困難ですが、リスク因子を避けて股関節を守るためのセルフケアは非常に重要です。
過度なアルコール摂取を控える
ステロイド治療は命を守るために不可欠な場合が多いですが、アルコールの過剰摂取はご自身の意思で防ぐことができます。日本酒換算で毎日2合以上のお酒を長期間飲み続けることは、大腿骨頭壊死の大きなリスクとなります。休肝日を設け、適正な飲酒量を守ることが最大の予防策です。
体重のコントロール(股関節への負担軽減)
体重が1キロ増えると、歩行時の股関節には3〜4キロ、階段の昇り降りではその数倍の負荷がかかると言われています。適正な体重を維持することは、もし壊死が起きてしまったとしても、骨の陥没(潰れ)の進行を遅らせるためのセルフケアとなります。
ステロイド服用中の方は些細な痛みを見逃さない
膠原病などの治療でステロイド薬を服用されている方は、定期的に股関節のMRI検査を受けることが推奨されます。もし少しでも「足の付け根」や「膝」に違和感が出た場合は、決して放置せず、すぐにまつもと整形外科へご相談ください(股関節の異常が膝の痛みとして現れることも少なくありません)。
Q&A
骨が「壊死する」と聞くと、足を切断しなければならないのかと不安です。
ご安心ください。大腿骨頭壊死における「壊死」とは、股関節の骨の一部だけが血流不足で死んでしまう状態を指します。感染症や重度の糖尿病のように、足先全体が腐ってしまい足を切断(切断術)しなければならないような病気とは全く異なります。壊死した部分の骨を人工関節に置き換えるなどの治療を行えば、これまで通り歩くことが可能です。
「変形性股関節症」と「大腿骨頭壊死」の違いは何ですか?
変形性股関節症は、長年の使用や加齢によって、骨と骨の間にある「軟骨」が徐々にすり減り、結果として骨が変形していく病気です。一方、大腿骨頭壊死は、軟骨は正常なまま、その下にある「骨自体」が血流障害によって死んでしまい、空洞化して内側から潰れてしまう病気です。原因は異なりますが、進行した場合にはどちらも人工股関節置換術の対象となることが多いです。
骨が壊死していても、痛みが出ないことはあるのですか?
はい、あります。大腿骨頭への血流が途絶えて骨の細胞が死んでしまっても、骨の強度が保たれていて丸い形を維持している期間(陥没前)は、痛みは全く感じません。壊死した骨が日々の歩行の負荷に耐えきれなくなり、「微小な骨折を起こして潰れた瞬間」に初めて激痛が出現します。そのため、痛みが出た時にはすでに病気が進行している状態と言えます。
手術をせずに、自然に治る(壊死した骨が生き返る)ことはありますか?
大人の場合、一度完全に壊死してしまった大腿骨頭の骨組織が、自然に血流を再開して元の生きた骨に完全に再生することはありません。ただし、壊死の範囲が狭い場合は、それ以上骨が潰れずに痛みが自然に落ち着き、一生手術をせずに日常生活を送れるケースも十分にあります。
どのような人が大腿骨頭壊死になりやすいですか?
年齢層としては、30代から50代の働き盛りの世代に最も多く発症します。原因によって男女差があり、ステロイド薬の大量投与歴がある方は「女性」に多く、長期間のアルコール多飲歴がある方は圧倒的に「男性」に多いという特徴があります。また、過去に大腿骨頸部骨折などのケガをした方も、二次性の大腿骨頭壊死を発症するリスクがあります。















